後頭部とアイドル3

 

 

続き🧤

 

アカウントを作ってから多分1週間は放置した

 

ひたすら公式のブログ情報にいいねするだけ

 

 

そこからなにかのきっかけでクラスメイトも見れるようにしていたアカウントでフォローしていた人達?友達?にDMを送った

 

みんなが戻ってくることにやったーみたいな反応をしてくれたと思う

 

(やたら保険をかける性格だからこうやって堂々と表現するのが怖い、🤔)

 

ちなみに大体1年前のやけくそツイートの後に戻っておいでって言ってくれた子もすぐにフォローしてくれた

 

 

そうやって少しずつ昔仲良くしてくれた人新しく繋がった人と輪を広げていこうとした

 

でも当時とTwitterの使い方とかも色々変わっていて何より流れてくる画像が6人しかいなかったのが本当に辛かった

 

8人で黒いセーラー服を着ている画像が流れてきても辛かったと思うけど。

 

 

他のアイドルの応援にも同じアカウントを使った

 

気がついたら新しく好きになったアイドルの話ばかりをするようになった

 

もちろんそのアイドルの話も楽しかったし

 

というか過去形じゃなく楽しいし

 

 

けれどやっぱりあの時の気持ちを自分が必要としてた

 

 

 

ずっと好きだったグループは10周年記念期間みたいなのに入る(主観)

 

怪我をした推しは少し場所は違えどステージに立ってみんなと同じ衣装を着て笑っている姿もネットで見れた

 

初めて買ったCDの曲を今のメンバーで歌い直して衣装も新たに作ってみたいな動画も公開されてTLにいたほとんど全員が元号そっちのけで大騒ぎしてた

 

寝るまでの2時か3時半

 

旅行先のホテルのベッドで寝転がってにやにやしながらずっとTwitterにかじりついていた

 

 

 

🧤

 

グループ主催のフェスも行われた

 

チケットがあまり売れてないみたいなことをTwitter情報で知り不安になった

 

行きたかったけれどライブハウス野外ライブフェスは自分のパーソナルスペースが約束されていないから不安になって行けないことは自覚しているからまたTwitterにずっといた

 

 

終演後に載せられた写真を見た時

 

このグループはどこにでも行けると思った

 

人の海

 

って感じで

 

画面いっぱいに人がいて

 

ステージで6人が笑っていた

 

リストバンドの色が青色だった

 

 

本当に素敵なグループだと思う

 

 

グループは大型のロックフェスで10周年を迎えた

 

歌が上手 話題になった

 

色々意見が分かれがちな一般人にアイドルの名前を突撃リプする行動

 

今は不思議と好きかもしれない

 

もちろん節度を持ってやらなきゃいけないのは確か

 

 

 

10周年記念の書籍も出ることになった

 

最初それを写真集だと思って

 

まあ買わねえな

 

と思ったんだけど発売日が近くなって色々発表されてからインタビューメインのドキュメンタリー本と知った

 

買わなきゃな

 

の一言に尽きる

 

 

すごく好きな曲のタイトル

 

「幸せの貼り紙はいつも背中に」

 

「背中」は見えないところの言い換えで

 

幸せは見えないところにあるっていう解釈を小6の私はした

 

だから「背中」が「どこか」というわかりやすい表現に改変されたのがすごく悲しかった

 

またあの嫌なイライラが増えてきた

 

そして曲のリリースタイミングに対するイライラもセットで増した

 

メンバーや元メンバーの行動に不信感を抱いたり

 

あの頃が恋しくて泣いたりもした

 

、泣くのは今でもしてる

 

それで少しお願いしてネタバレをして貰ってあーやっぱりそうなのか、とか

 

色々考えて

 

なんでかは分からないんだけど

 

YouTubeにあった2017年春ツアー千秋楽の舞台裏映像を見た

 

あまり良くないことをしてる自覚はあったけど何故か見た

 

 

正直ドキュメンタリーがそこまで好きじゃない

 

夜のニュース番組でメンバーの泣き顔が放送されたのも嫌だった

 

なのに見た

 

 

印象的だったのは

 

「まつのは」っていう歌詞が

 

まだ「まちには」って歌詞だった所が流れた時

 

みんな綺麗な顔を真っ赤にして泣いてたのにそこだけ優しい笑いが起きて

 

変わったとこだみたいな声も聞こえた

 

 

暖かい

 

 

これが好きだったグループだ

 

ああ、

 

苦しい

 

けれど続けてあの夏の日の

 

約2万人の前でパフォーマンスをする6人の動画を見た時

 

どうしようもなく苦しいけれど

 

この人達に会いたいと思った

 

中1の秋に親に勇気をだしてこのライブに行きたいって言った時とほとんど同じ感情だと思う

 

 

🧤

 

午前中のテストが終わって近くのショッピングモールに行った

 

タワーレコードに10周年本は一つだけぽつんと置いてあった

 

少し裏表紙に傷があったけれど気にせずにとにかくすぐにレジに向かった

 

そこから3時間半ほとんど他のことを考えずに本を読んでいた

 

 

知らなかった事勝手に思っていた事本当は違う意味だった事可愛い事悲しい事好きな事

 

とくに6章の当時の空気感はめちゃくちゃに伝わってきた

 

そう言えばあの日学校が終わって真っ直ぐに向かったのも同じタワーレコードだった

 

涙が止まらなくなってティッシュを上手く出せなくなって2枚くらいびりびりになった

 

 

そしてずっと批判してた曲のリリースのタイミング

 

そこに込められた意味で引っ込んだ涙がまたぶり返した

 

 

 

読み終えてから凄いものを読んだ興奮と目が熱いのと鼻がかゆい気分

 

それでまたYouTubeを開いた

 

出てきたのが転校した2人のパートが誰に受け継がれたかみたいな動画だった

 

 

見てみるとこのパートこの子になったんだ、推しになったんだ、嬉しいな、ええ凄いこういう良さもあるんだ、みたいな嬉しい感情が湧いた

 

 

昔の好きだったエビ中

 

今のワクワクするエビ中

 

全く別物になった訳じゃないってそこでやっと理解出来た気がする

 

 

繋がってた

 

たくさんのパートは質を落とすとか別物になったとかじゃなくてその子の思い出を私の中で残しながら新しい物に変化じゃなくて進化した

 

 

なんでこんな簡単なことに気が付かなかったんだろう

 

あの時が1番好きなのは確かだけどあの時を経て今がある

 

逆に今があるからこそあの時にDVDや雑誌で戻ることも出来る

 

 

やっと変わっていくグループの波に乗れたような気がした

 

いや、そんな波ないんだと思う

 

ただ好きでいればいい

 

無理に好きでいる必要も無いけれど無理に嫌いになる必要も無い

 

 

 

時々思い出してたのは

 

思い出のひとつひとつが全部キラキラしていて

 

それを忘れない思いを忘れないために

 

自分自身が忘れたくないって思ってたんだと思う

 

ほんとに気づかなかっただけで

 

 

 

まさに幸せの貼り紙かも

 

 

🧤

 

 

後頭部とアイドル2

 

ハゲは髪を下ろしていれば目立たないものだった

 

髪を結ぶ日は時々ペンシルアイライナーで塗りつぶしたりしながらなんとかやり過ごした

 

髪のこともショックだけど

 

夏休み 2学期 冬休み 3学期

 

 

他の推しも何人か出来たり元々いた他の推しに熱を注いだりした

 

特撮ドラマのキャラクター

女優

別事務所のアイドル

 

これは最近になってわかったんだけど

 

新しい推しの初ライブがあった

 

「あの子のライブは好きになってから2年ちょっとではじめて行った」

 

新しい推しのグッズを買った

 

「あの子の時はグッズを買い始めたのとライブに行ったのが同じくらいだったっけ」

 

どうしても基準があの子になる

 

わたしは好きになった推し達全員に無意識に1番大好きだったアイドルを重ねていた。

 

 

Twitterで7人か8人くらいに公開したアカウントを作って会ったことのない人達と少しだけ交流したりツイートに共感したりもした

 

主な事は相変わらずヘイトだったんだけど

 

人数が少なければ許されてるような気もしなくもなかった。

 

衣装だリリースのタイミングだ思い返せばほとんど面白半分で愚痴を言っていた

 

たまに自分が嫌になる時もあった

 

でもそのアカウントを消したら思い出も消すようになる気がして

 

ああアカウント消さなければよかったな

 

仲良くしてくれた人達ブロックしなければ良かったな

 

タピオカなんか飲まないでライブ最後まで見ればよかったな

 

あのタイミングで全員になんともない態度とったらどうなってたんだろう

 

むしろ行かないのが正解だったのかも

 

 

そんな後悔をしながらクラスでハブられたりして秋になった

 

何の伏線はってるんだよって感じで

 

大好きだったあの子の誕生日の11月2日にクラスの男子3人からLINEを追加された

 

これは後々わかったことなんだけど男子5、6人でじゃんけんをして負けた3人が私のLINEを追加するゲームをしてたらしい

 

そんなことも知らないその時のわたしはあの子今日21歳になるんだっけ~と思いながら全くそれは口に出さないで電車に乗ってた

 

余談だけどゲームをしてたことを知ったのが2月8日でほんとになんなんだろう

 

 

🧤

 

好きだったアイドルにもう一度純粋な気持ちが向いたのは12月のクリスマス辺りだったと思う

 

はっきりは覚えていないけれど

 

リハーサル中にステージから転落したとTwitter経由で知った

 

 

 

不謹慎だけどほぼ毎年男性との報道や流出があって今年もなにかトラブルがあるのかなとか思ってたけれど

 

まさかこんな形のトラブルが起こるなんて思ってもなかった

 

 

怪我の詳細はなかなか出なかった

 

その事にもすごくイライラした

 

Twitterにいる7人か8人もすごく心配していた記憶がある

 

 

活動休止が発表されたんだか

 

怪我の詳細が発表されたんだかは覚えてないけれど

 

確か頭?髪の毛?を出せないみたいなことを言ってた気がする

 

まあちゃんとは覚えてないしその発表を振り返るのが怖いからあえて見ないようにする

 

 

そこから好きだったグループにとって必ず忘れちゃいけない日が来てほぼ半年ぶりに曲を聴いた

 

たまたまシャッフル再生で最初に来た曲が「ポップコーントーン」

 

推しの両サイドにいた2人が歌い出しだった

 

 

この声でこの歌は二度と聴くことが出来ない悲しい気持ち

この歌を聴いてワクワクしていた頃の嬉しい気持ち

 

このふたつが一気に降りてきて苦しくなった

 

 

それと同時に推しの声他の7人の声

 

全ての音が色になって聴こえた

 

けれど8人が7人になった後に出たアルバムは聴けなかった

 

 

そんなこんなで昔の思いが2ミリくらい復活したわたしは新しいアルバム発売記念のフリーライブに行くことにした

 

結果的には行かなかったけれど。

 

推しの隣が変わったショックに耐えられなかったのに一時的とは言っても推しのいないライブを見るのが怖くなったから、だと思う

 

 

その日は友達と街を適当に歩いてた

 

ライブ会場に行くまでの乗り換えの駅で電車が止まった時苦しくなったのを覚えてる

 

それとコートを着たせいで電車内が暑くて汗をかいたのも覚えてる

 

 

その後修了式が終わって1週間経つ頃に新元号が発表される

 

もしここで元号が別のものだったら意味だったら正直2ミリ戻った気持ちは消えてた

 

 

偶然にも初めて買ったCDの歌詞が新元号の元になった?意味?に似ていた

 

そして懐かしい、そう言えばガムテープで作って文字が大きすぎて失敗した思い出があるレッスン着を着た5人と万葉集をもってちょこちょこ歩いている以前とそこまで変わらないあの子がいた

 

めっちゃくちゃに気持ち悪いのは百も承知なんだけど、「ママ」って感情になった。

 

Twitterにかじりついていた中2中3の時によく新出画像にママの文字を付けて投稿してたりした(恥ずかしいけど)

 

ママとか可愛いとか当時の感情が何故か1人だけ万葉集をもって歩くあの子を見て蘇った

 

そこから3日くらいしてアカウントをまた作った

 

 

🧤長いけど続く

 

後頭部とアイドル

 

はげた

 

左側の後頭部の耳の高さくらいの所

 

高校生になったばかりの6月か7月だった

 

そこにあった髪の毛が無くなっていた

 

 

🧤

 

ほんとに情緒が不安定だった

 

中1の冬、なぜだか分からないけどクラスの目立つ男子に嫌われた

 

その事はクラス中に知れ渡った

 

4年経ってもまだ理由がわからない

 

 

2年にまた同じクラスになり

 

嫌がらせが激化した

 

その男子のパシリみたいな男子にもまた嫌がらせされた

 

 

そんな時ずっと心の支えになってたアイドルがいる

 

はじめて行ったフリーライブでイメージカラーのピンクのタオルを持っていたら2回も手を振ってもらった

 

父親に頼み込んで冬にさいたまスーパーアリーナ代々木第一体育館で行われる大型ライブにも連れて行ってもらった

 

Twitterを始めて同じファン同士で好きな所を共有し合った

 

学校で嫌な事があってもTwitterに書き込んで好きなアイドルの写真を眺めていれば幸せでいることができた

 

 

中3になって高校受験に向けて周りが色々動き始めた

 

その頃のわたしはなぜか元々普通にできてた「公共物に触る」ことが出来なくなった

 

もっと言えばそれは中2の夏くらいからだったかもしれない

 

教室のドア 棚 誰かの教科書 

 

それはそれはいっぱい

 

学校の外に出るとなんともないのに

 

学校にいる間だけわたしは手の感覚がなくなった気がした

 

 

🧤

 

受験シーズンもアイドルに支えられ続けた

 

勝手に支えられてたの表現の方が正しい気もするけれどあえて支えられたって言いたい

 

はじめてファン同士でチケットを買って一緒にライブに行った

 

はじめてツーショットを撮った

 

満員で入れなかったけれどコラボカフェにも行った

 

 

なのにだんだん受験の焦りと周りがどんどん進んでいく怖さで、1人だけがずっと子供のままなんじゃないか、と思った

 

些細な事にイライラしてネットで仲良が良かった人達を自分から避けた

 

 

受験する高校は決まった

 

それでも1人だけ子供のまま

 

嫌がらせをしてきた人も友達もみんなどんどん進んでいく

 

その頃に好きなアイドルも大好きな形からそうでない形に変わってしまった

 

 

🧤

 

受験は無事に終わった

 

よく「高校合格はゴールじゃなくて新しいスタート」なんて言うけどその通りだ

 

もちろんスタートに失敗した

 

 

好きなアイドルの(真偽は分からないけれど)好きな人を好きな友達が出来た

 

その子自身はとてもいい子だったけど

 

その子とその友達に嫌われたらきっと中学3年間の繰り返しになると勝手に自分に刷り込んだ

 

 

 

変わり続ける環境に慣れなくて毎日学校帰りに泣いた

 

大好きな場所だったTwitterにも辛いことばかり並べるようになった

 

そんな時形が変わった大好きなアイドルのフリーライブが決まった

 

 

形が大きく変わってから初めて彼女達を見ることになった

 

いつも通りライブ前に仲良くしていたTwitter友達と会った

 

その日は確か大和路線が止まっていた

 

 

会場に着いてからとりあえずライブを見ることにした

 

2階から彼女達の姿を見たけれど

 

何かが違った

 

推しの左隣にいた特徴的な声のあの子

 

推しの右隣にいた色白で背が高いあの子

 

 

 

最強の8人に向けた好きはその日どこかに消えてしまった

 

 

🧤

 

やっぱり推しは可愛くて少し伸びた髪も歌声もダンスの軽快さも大好きなままの推しだった

 

けれど自分の中で何かが変わった気がした

 

耐えられなくなって会場の壁にもたれて落ち込んですぐに近くにあったフードコートで落ち着くためにタピオカを飲んだ

 

 

誰にも会う気にもなれなかったような

 

誰かに会いたかったような気がする

 

正直そこら辺は覚えてない

 

 

1人でそこからずっとぼーっとしてた気がする

 

友達何人かに連絡はしたけれど見る気になれなかったような記憶もある

 

 

その日の夜帰ってから今までの思い出をなぜかクラスメイト達も見れるアカウントに投稿した

 

もうやけくそだった

 

知られちゃいけないと思ったのは今考えると謎なんだけどもうショックが麻痺しすぎてなんでもいいと思うようになった

 

Twitterの友達が投稿を見てもう1回ファンに戻っておいでよ的なことを言ってくれた

 

それがすごく嬉しかったのはずっと変わらない

 

 

Twitterもクラスメイトが見れる方のアカウントで確か1、2ヶ月にしないうちに同じ県や隣の県に住んでいるファン友達全員をブロックだかフォロー解除だったかした

 

仲が良かった人達も何人かブロックして

 

Twitterも自分がマイナスなことしか言えなくなったのが嫌になって

 

何よりそのアイドルが好きな人達の前でそのアイドルへのヘイトを声高に叫んでる自分に恥ずかしくなってアカウントを消した

 

 

 

そこから他にあった吐き出す場所も満足が行かなくなって親と出かけた夏の日の夜

 

 

「ここハゲてるで」

 

 

写真を撮ってもらった

 

私の後頭部の髪をかき上げると500円玉くらいのサイズの地肌が見えた

 

 

 

 

続く🧤